ウツむきノート - うつ回復を目指す人生の旅

『うつ病』で休職⇒療養中の筆者が『うつ』と『むき』あう中で見つけた、健康や回復につながる方法と、その他マメ知識を発信していきます。

「主婦になる=楽ができる」という思考が一番危険という話

   

 

 

hakaba

 

先日、私の昔の知り合いと久しぶりに会う機会がありました。

その知人は今は主婦になっているのですが、悪い意味で昔と変わっていませんでした。

 

 

特に、自分の選択や行動の責任を人のせいにしようとするばかりか、

 

 

「私は悪くない」

「私は大変なの!」

「あなたなんかに分かるわけないでしょ!」

 

 

こんな不幸自慢をはじめた時には、イライラを通り越して「主婦あるある出たわ。もう好きにして」と心の中でため息が出てしまったほどです。

 

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そんな彼女との会話からいろいろと思うことがあったので、今回は専業主婦になって仕事をしない生活をしようと考えている人についてお話します。

 

少し前の記事で「女性のかたであれば主婦になる道も残されている」ことについて触れました。今回はその選択肢に関する記事になります。

 

 

【関連記事】: 会社を辞める前にやっておいたほうがいい5つのこと

 

 

ただ、生半可な覚悟で「結婚」という言葉を口にする人が多いことに辟易していたので、今回は現実主義が前面に出た辛口記事になっております。

 

しかもいつもより長めというハードモード仕様なので、結婚に夢を見ていたい人にはおすすめできません。それでも読み進めるのであれば御覚悟を。

 

 

では、はじまりはじまり。

 

いつから「結婚したら楽ができる」と錯覚していた

 

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まさか「結婚して専業主婦になれば楽ができる」なんて考えていませんよね?

 

 

もし本当にそう思っているのなら危険信号。今すぐその幻想は捨てたほうがいいでしょう。それか、あなたは結婚するべきではないのかもしれません。

 

残酷なようですが、その程度の覚悟では「こんなはずじゃなかった」となるのは目に見えています。

 

「専業主婦になれば会社にも行かなくて済むし、自由な時間も増える。ストレスもなくて平和に暮らせる。」

 

 

・・・果たしてそうでしょうか?

 

 

皮肉なもので、結婚はその華やかなイメージに反して、そこまで生易しいものではありません。

 

時間に関していえば、自由が続くのはせいぜい子供を持つ前までです。

 

子供を持ったら最後、あなたの時間も、あなた自身も身を粉にして捧げなくてはならなくなります。会社や組織で勤めていた時と違い、決まった休日もなくなります。

 

 

会社に行かなくて済むという意味では人間関係のストレスはないように思えますが、それと引き換えに、結婚をすると違うところで新たな人間関係が発生します。

 

 

まず、家族同士の付き合いが発生します。姑から嫌がらせ同然にいちゃもんをつけられたり、叱責を受けてストレスを感じるというのはよくある話です。

 

 

しかもどこかに定住することになると、今度は近所付き合いという人間関係が発生します。見栄の張り合い合戦の幕開けです。

 

さらには子供を持ったらそこに保護者同士の付き合いも出てきますし、学校に行くようになればその延長でPTAなどでも人間関係が発生します。こうなると自分のわがままだけで事を進められなくなります。

 

その他にも、受験どうこうの話が出てプレッシャーを受け始めたりと、あらゆるところからストレスをその身に受ける事になります。少なくとも、あなたの時間の大部分と精神を捧げることになるのは間違いないでしょう。

 

 

この時点で分かるように「結婚すれば楽ができる」というのは大きな間違いです。むしろ、言ってみれば自分から試練を買って出るようなもの。

 

それよりそもそも、結婚したあとにさんざグチグチ言っている人達を見ていたら、嫌でも分かることだと思いますが。あんな風にはなりたくないよね。

 

収入の柱がひとつでは満足に暮らしていけない時代

 

先日の記事でも書いた通り、女性のかたなら”最後の手段”として結婚⇒専業主婦になるという道も確かに残されてはいます。しかしこのご時世、それはなかなか厳しいかもしれません。

 

 

いまやサラリーマンの生涯平均年収は3億を平気で切っている時代です。しかも1年あたりの年収が500万円を切るということもなんら珍しいことではなくなってきています。

 

 

にもかかわらず支出は増える一方で、もはや大黒柱の働きだけで満足に食っていける時代ではありません。それはあなたも世情を見てひしひしと感じている事でしょう。

 

 

ここ最近の、富裕層だけしか恩恵が得られないめちゃくちゃな政策のせいで、中流階級以下の人達の首はどんどん絞められている状態です。消費が促されるどころか消費が冷え込んでしまっているので経済のまわり方も冷え込んでいっています。

 

実際、その数字のために海外の人達の爆買いに頼っている現状もありますよね。それも日本人の消費行動の冷え込みを表しています。

 

 

そればかりか、昔のように頑張ったからといって給料が増える保証が今はありません。仮に増えたとしても月額にして1~2万も増えない”雀の涙”程度。これではモチベーションも上がりませんし、出世欲がなくなってしまうのも頷けますよね。

 

そこに小遣い制を導入されでもしたら、それはもう地獄の始まりです。

 

 

「なんのために生きてるの」ってくたびれたスーツを着ながら虚ろな目で歩くロボットサラリーマンの出来上がり。死んだ目をした”ロボット”が街に溢れかえります。

 

 

勝手な事ばかり言ってると、あなたのパートナーもこうなってしまうかもしれませんよ。

https://youtu.be/CZBk1nOOcto

 

 

もっと言うと、今は大手企業/上場企業であっても平気で赤字を出したり潰れているような時代です。

 

kekkon

 

観察眼のあるあなたなら既にお気付きだと思いますが、こういう「大手企業/上場企業=安定」みたいな考え方はもはや過去のものです。

 

 

もしそうではないというのなら、

 

 

5000億以上もの赤字が判明した東芝とか、

今はすっかり影を潜めてしまったシャープとか、

信用をすっかり失ったばかりか、もはや迷走しかしていないマクドナルドとか、

 

 

昔の威光はもう見る影もないような大企業について、どう説明をつけるんでしょうか。極端な例に見えるかもしれませんが、こういうことが明日別の大企業に起こらないとは断言できないのが今の世の中なんですよ。

 

 

これからはますます”自分の足で立てる人”が生き残れる時代になるでしょうから、こういう依存した考えではそう遠くない未来に身を滅ぼします。もっと危機感を持ったほうがいいんじゃないかなと私は思っています。

 

そんな中でもなお専業主婦になりたいと思っているのであれば、相応の忍耐と器量が求められるということは覚悟しておいたほうがいいでしょう。あと、求める分に見合うだけの”価値”を提供するということも。

 

こういうのは論外

 

以下はもはや救いようのない悪い例ですが、こういう考えの人はそもそも結婚できないと思って下さい。

 

konkatsu scene

 

konkatsu scene2

 

こうやって条件をやたら並べたり、依存心丸出しでないものねだりをしている時点でそもそも人が寄り付かないと気付いたほうがいいですね。

 

「お前、顔も全身も鏡で見た事あるのかBBA」ってこの例に向かって言いたいあなた。その気持ち、わかります。すんごいよく分かります。

 

 

そもそも、「あなたが提示している条件を全て女性版に置き換えた時、それをあなた自身が満たしているんですか?」というのが問題です。結婚相談所に行く前に”治す”ところ治したほうがいいですね。

 

こういう人ほど感心するぐらい自信満々に答えたりするんですが、だいたい”そんなことはなかった”っていうオチだったりします。結婚できない人ほど変にプライド高いです。

 

 

等価交換もできないクレクレさんを欲しいとは誰も思いません。ずっとクレクレ言ってると、いずれあなたが持っている大事なものを失って逆に痛い目を見る事になりますから、くれぐれもご注意を。

 

あなたはそんな風にならないでね。いやいや、もっとずっとまともな人であると信じてますけど。

 

“専業”になるからには求められる対価も大きい

 

専業としての主婦を宣言するのであれば、

パートナーの稼ぎの相応分以上の働きをするのは大前提として、

 

  • ご主人様からなにを言われても文句を言わない
  • ご主人様にとって快適な時間と空間を提供する
  • 趣味をはじめ、数少ない息抜きになる時間に関して口出ししない

 

このぐらいの気概は必要です。

なんせ、パートナーが働いて稼いでくれているおかげで今日という日を生き延びられるわけですから、足を向けては寝られないですよね。

 

要は、「守ってもらうならパートナーを立てなさい」という事です。

 

「亭主関白」という言葉を聞かなくなって久しいですが、専業を名乗るつもりならむしろそのぐらい相手を立てて然るべきだと私は思っています。形は違っても、”誰かに生かしてもらっている”という意味では、会社から給料をもらって生きているのと根っこにある本質は同じですからね。

 

 

そうやって生かしてもらっているにも関わらず、近所やママ友とかに、私は豊かな生活してるのよアピールをしようものなら、それはもはや虎の威を借る狐でしかないです。

それでいて(家庭内・家庭外問わず)威張り散らすとか理解できません。それこそ「ウケるーwww」ですよ。

 

フクナガ

「チョーウケるんですけどぉー!!」

 

その辺の認識が甘い人が多いのではないかなと、結婚という契約の重さを考えていない”ママ(笑)”な女性たちおよび予備軍の皆様を散々見てきて感じています。結婚=ハッピーエンドどころか、試練の始まりですからね。人生なめんなよ。

 

自分がされて嫌なことはしない。結婚は人格も問われる。

 

“専業”なのにパートナーに家事をやれとか偉そうに言う人も世の中にはいるようですが、それはもはや意味が分かりません。なんのための専業なんでしょうか。「私はこっちをやるからちょっと手伝ってもらっていい?」とかならまだ分かります。

 

旦那は小遣い制にしておきながら自分は毎週高級ランチ、とかいうのも正直勝手が過ぎるというものです。近所付き合いとかがあるにしても、頻繁に行ってる時点でいろいろとズレている気がしてなりません。

 

 

そんなことをするぐらいなら、社会の厳しさやパートナーのありがたみを知る意味でも働きに出たほうがいいですよ。その中でも組織との相性はあるにしてもです。

 

いまや共働きが当たり前の時代です。自分の好きなことにお金を使いたいなら自分で稼ぐ。男女平等とか言うなら尚更です。働きたくないのならパートナーに文句は言わないこと。

 

 

パートナーのことはいろいろ束縛しておきながら自分は好き勝手にっていうのはもはや独裁者、毒でしかないです。

 

 

最近、“「仕事に集中してほしいから」という理由で夫のネットゲームのアカウントを無断で削除したら夫が激怒⇒離婚を切り出された”というエピソードが物議を醸したのも記憶に新しいですが、こういうのは論外です。

 

 

人の携帯見たりとか、人のもの勝手に捨てたりとか、あり得ないですから。

 

 

逆に、あなたのお気に入りの服だったり、化粧品とかが全部捨てられてたら怒りますよね?

 

 

ここまでくるともはや人格の問題になってきますが。最終的に行き着くところは人としての関係なので、一度”される側”になって考える、人としての気遣いも避けては通れない問題です。

 

 

お金は欲しい。養ってほしい。でも家事はしたくない?

 

 

そんなないものねだりも、よほどの物好きには通用するかもしれません。しかしそれが通用するのもピチピチな間だけです。外見的価値がなくなったら途端に見切りをつけられるので、そこは自己責任で。若さは時間と共に失われていきますから。

 

厳しいようですが、捨てられる頃には誰からも拾ってもらえなくなるので生きることすら危うくなりますよ。包容力があるとか、あっちのテクがあるとかでその分カバーできるなら、あるいは生き延びられるかもしれませんが。

 

このご時世、忙しい家庭では家政婦さんに家事をお願いするのも珍しくない話です。そんな時代に、養ってもらっておいてそこまでのワガママを平気で言おうものなら、ある時突然三行半(みくだりはん)を突き付けられても文句は言えないですよ。

 

 

あなたの命が今日も続いているという事は、パートナーの”時間”、”命”がその分削られているという事でもあります。命を頂いているんですよ。

 

 

なにかを求めるなら、それ相応分”以上”の対価は提供して当たり前です。

それを得る前に自分から価値を与え続けることが出来てはじめて一人前。

 

「与えよ、さらば与えられん」とはよく言ったものです。

 

結婚をするつもりなら腹を括れ。

 

結婚をして子供を持ったら、今度はその子供、家族に時間もお金も使うことになります。あなたがそのお金を独り占めできるわけではないし、むしろ自由な時間も減りますよ。

 

 

「結婚したい」「子供がほしい」と言うのであれば、

 

「私の時間を家族のために差し出してもかまわない」

「何かあったら責任は私が取る」

「ぐちぐち言って人のせいにしない」

「家族は命懸けで守る」

 

このように腹を括る事です。書くとキリがないですが。

 

 

「子供が欲しい」と言って実際に子供を持ったら今度は「時間がない」「旦那の稼ぎが悪い」「こんなはずじゃなかった」だのと言い出す。

 

「私は大変なの!」

「あなたに分かるわけないでしょ!」

 

これは私のなかで、【既婚女性あるある☆ぐちぐちテンプレート!】なのですが、これを言っている女性本人がブレている事をそもそも分かっていなかったりします。主婦が見る世界というのはどうにも狭くなりがちなので分からなくもないのですが。

 

 

「結婚したいってあれだけ言ってたのに、なに”私は悪くない”みたいな被害者面してるんですか?」と周りは思っています。呆れています。みっともないですよ。

 

たまに弱音を吐くのは許されますが、トゲのある愚痴は嫌われます。

 

いきさつはどうであろうと、最終的に自分の選択によって生まれた結果です。

 

選択と責任は表裏一体。自分でその道を選択したのなら、人のせいにしないで自分のケツぐらい自分で拭きなさい。私はそう思います。

 

結婚は試練であり、忍耐でもある

 

結婚をしてから家族と過ごす中で、何物にも代えがたい時間や瞬間というのは確かにあります。ですが、それは全体で見たら1割にも満たないかもしれません。

 

  • それでもその1割にも満たないかもしれない瞬間のために、残り9割の苦難や試練を背負うだけの覚悟がありますか?
  • あなた自身の時間を差し出しても構わない、家族は命を投げ出してでも守りますと即答できますか?
  • あなたの家族が絶望の淵にいる時にも、変わらず寄り添って支え続けられるだけの寛容な器量がありますか?
  • 仮にパートナーの事業が立ちいかなくなったとしても、うつでまともに動けなくなったりしても、不治の病にかかってしまったとしても、背中を向けずに、むしろ正面を向いて支えられますか?

 

結婚の誓いの言葉にある「健やかなる時も病める時も」というのはそういう意味も含んでいます。「こんなはずじゃなかった」とヤケドしたくないのであれば、婚前にその言葉の意味をよく考えて、最悪の事態が起きた時の覚悟も決めておくことです。

 

これに迷わずはいと胸を張って答えられるなら、結婚しても大丈夫でしょう。

この問答に逆上したり口ごもったりするようなら、結婚するのはやめたほうがいいかもしれないです。多分向いていないか、まだその時期ではないのかもしれません。

 

 

その最悪の事態が起きてからはじめて分かることもありますが、常にその時がきてもいいように準備をしておくに越した事はありません。

 

あなたの身にそれが降りかからないという保証もないのです。それこそ明日、あるいは次の瞬間に訪れるやもしれない。何が起きるか分からないのが人生であり、この世界の摂理でもあります。

 

 

「結婚は墓場」という言葉もあるぐらいです。夢を見るのは悪くないですが、現実もそんな華やかなものになるとは限らない、ということだけ。

 

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この検索候補を見るともはや結婚の意味が分からなくなりますね。

この現実に直面してもなお結婚したいと思う人は果たしてどのぐらいいるのか、気になるところではありますが。内なる声とは残酷なものです。

 

時間を共にすると、良くも悪くも本性に直面する

 

もし結婚を考えるなら、まずは同棲なりして相性とお互いの人となりを確かめる期間を設けるのは大事です。”魔の3ヶ月/6ヶ月/1年/3年”といった時期は本当にあると思います。

 

人間は慣れというものを感じ始めると、良い面は当たり前のものとしてみなし、一方で悪い面を強く非難するようになります。慣れてきた時こそが真のスタートです。

 

 

私の近くでも、華やかとはいえない結婚生活を送っている知人や親戚がいるので、嫌でもそういう結婚のキツい現実面が見えてしまうんですね。

 

これを書いている私も、現在は結婚こそしていないものの、「事実婚」「主夫」「父親代行」を経験してきているので、そういう現実の厳しさはそれなりにわきまえているつもりです。

 

そのそれぞれの時期にもまた、”慣れ”という悪魔のいたずらで出てきた人間の醜さを垣間見たりしましたから。

 

近くで時間を共にしてはじめて分かることもある

 

ある時、私がうつと診断されたことを打ち明けたら、顔色を急に変え、「あなたとはやっていけないから別れてほしい」と言われたこともあります。

 

 

不妊治療に数百万円はかかるだろうからと目を輝かせながら言い出したことに始まり、とある男性アーティストの追っかけをやっていて月に10万とか平気で使ったり、食べるものもお金のかかるものばかり。

 

化粧品もやたらお金はかけるのに、その割には細かいところまで徹底出来ていない。家の水回りがアカだらけだったり、ムダ毛の処理は行き届いていない(指摘されると言い訳する)、などなど。

 

 

不思議なもので、こうして考えてみるとここまでズレていると感じるのに、時間を共にしている時ほど客観的に見る目が開けなくなったりします。

 

 

今思えば、根本に大きな問題があるにも関わらず自分に大変な価値があると勘違いしていた、なにかと問題ありな女性でしたよ、それは。

 

挙句の果てには、「私は豊かに暮らしたいから私より稼いでる人としか結婚できない」とか言い出す始末。今となっては「その前に徹底するところ徹底してこいよBBA」って思いますよ、はい。

 

それでも(胃はキリキリしながらも)なんとか目を瞑ってどうにかできないかと当時の私は私なりに努力していたつもりでした。

 

 

しかしその努力もむなしく、うつになったと分かったら腫れ物を触るような表情ですぐさま手のひらを返してきた相手。

 

 

私はいい女ですアピールをしたり、結婚したいしたい言っていた割に覚悟はその程度の薄っぺらいものだったのかとがっかりしましたし、こうも簡単に手のひらを返すのかとしばらく人を信用できなくもなりました。

 

 

近いところで時間を共にすることで初めて分かることもあると身をもって痛感した出来事のひとつでした。

 

 

まあ今となっては、「あんなやつ誰も拾わねーだろーがなー!」って思ってますけどね。もうこんなのに引っかからないように精進します。

 

最後に

 

よく「私は大変なの」アピールをしようとする既婚女性が多いですが、女性は女性の、男性には男性の見ている世界があります。

 

それぞれに違う苦労があるので、そもそも同じ土俵で見て優劣をつけられるものではありません。”どちらも”大変。それだけのことです。

 

 

結局のところ、結婚は”形あるなし関係なしに、自分の持つものを捧げる覚悟が決められるか”、”お互いへの感謝が出来るかどうか”にかかっているのかもしれません。一方通行では遅かれ早かれ関係は崩壊します。

 

 

誤解のないようにここで言っておこうと思いますが、別に結婚することを悪いといっているわけではありません。守るべきものをもってから心の変化があって覚悟を決められるようになったり、はじめて分かることもあると思います。

 

 

しかし、結婚というものを軽く見ていると、どこかで思わぬヤケドを負うことになるよ、ということです。

 

結婚してからの生活が絶対に幸せなものになるという保証は実際どこにもありません。逆に不幸になる人だっています。とばっちりを食らう人も、疫病神になってしまう人も。

 

 

私が今まで見てきた限りでは圧倒的に後者(不幸な側)にあたる人が多かったので、その辺に関しては特に現実主義な面が強いのかもしれません。(単に冷めてるだけ?) それゆえの辛口な記事になりました。

緑とうがらしをピーマン感覚で食べてしまったような、そんなビリビリ感。あれ、からいよね。

 

とにもかくにも、「結婚すれば仕事をしなくて済む=楽になる」という幻想は捨てるべきだといえます。むしろ差し出すもののほうが多いですし、新たに重たい責任の数々を背負う事になる茨の道ですよ。

 

 

ただ、試練を乗り越えた先に、何物にも代えがたいひとときの幸せや達成感はあることでしょう。そのわずかな瞬間のためだけに張り続けられるか。パートナーと協力しながら一緒に進んでいけるか。

 

結婚=ハッピーエンドではなく、試練の始まりです。

主婦になるおつもりなら、相応の覚悟と代償をお忘れなきよう。

 

以上、一人の人間の意見としてここに記しておきます。

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 - 世情に対する考え・意見